2012/03/11

原発のコストとベネフィット

日本人にとっては忘れることのできない日からもう一年になるのですね。私はもちろんノルウェーにいて直接に体験していないのですが、それでも家族の安否を心配したことや、津波の写真を見たときの衝撃、そしてその後の原発の危うい状態など、今思い出しても心臓がどきどきします。

また、私は実家が小千谷市、中越沖地震の震源地だったところです。そのときはアメリカにいたので、やはり直接の被害は受けておらず、アメリカではらはらしていたわけですが、毎日ネットで現在のインフラの状況などを確認して、ガスはまだ直ってない、とか、水道はどうか、とかチェックしていました。ガスも水道もない状態でいったいどんなふうに生活しているのかと心配していましたが、家族の元気そうな声に、こちらがびっくりしたほどです。なので、震災で被害を受けた方々に対しては、他人事とも思えないものがあります。そして、もちろん原発。私の実家は柏崎の原発から半径30キロ圏内です。もしなにかあったら、確実に大変な影響を受ける地域です。ですから、原発に関しても他人事とは思えません。

震災後の夏に日本に帰ったとき、新聞の記事に「このまま原発を維持した場合と代替エネルギーを使った場合のコストの比較」というのが新聞に載っていて、詳しい数字は覚えていませんが、原発に比べて代替エネルギーは何倍も高く見積もられていて、大変びっくりしました。何にびっくりしたかというと、その計算は、現在の原発への国からの補助や、なにか事故があったときのリスクなど、さまざまな要素が計算から抜けていて、原発に有利になるように作ってあるようにしか思えない結果だったからです。

コスト・ベネフィット アナリシス というものがありますが、何かを選択するときに、選択肢に関する利害をちゃんと計って、それを比べてから決めよう、というものです。この場合、利害は金銭的なものに限りません。例えば、大きなダムを作るとき、まわりの自然環境が受けるダメージや、また、ダムの建設によって失われるレクリエーション(ハイキングや川辺での釣りなど)の機会なども勘定に入れなければいけません。原発の場合にも、稼動のコストだけでなく、何か起こってしまった場合のコスト、そして、「何か起こってしまったらどうしよう」とはらはらする地域住民や国民のストレスも勘定に入れるべきです。いえ、冗談でなく。「原発が誤作動するかもしれない、大変な事態になってしまうかもしれない、という心配をしなくて済むならば、自分なら月に電気代500円余分に払ってもいい」と思っていたら、それは立派に「原発を回避することへのベネフィット」であり、原発のコスト・ベネフィット アナリシスに入って然るべきです。



ただ、国民のストレスや安心感など、金銭で計れないものは、コストとベネフィットを比べる際に見落とされがちですし、また、市場というメカニズムを通してオブサーブできないので、それらを計るのも難しいです。経済学の中でも、非市場(ノンマーケット)という言葉が使われますが、これらの非市場のコストやベネフィットを計る特別な手法があります。原発のコストは、それらの手法を使って適正に計る必要性があると思います。そして、その上で、本当にコストに見合うベネフィットがあるのか、考えるべきです。現在言われている原発の「安さ」は、それこそ見せかけの安さであり(「安い」という選択肢でも少し触れました)、また、そのツケを払うのは、日本国民のみならず、世界全体なのです。

3.11の震災で日本は多くのものを失いました。沢山の人が犠牲になりました。直接に影響を受けた方々にとっては、震災前に戻ることは、色々な意味で不可能でしょう。だったら、せめてこれからが前よりよくなるようにしていくことが、私たちにできる唯一のことなのではないでしょうか。日本に住んでもいない身でおこがましいかもしれませんが、それでも日本人のひとりとして、私にできることをしていきたい、と思う一周年でした。

3 件のコメント:

  1. おはようございます!

    そうですよね、全く同感です。
    ノルウェーは原発のない国ですし
    これからも建設はしないと思います。
    スイスは福島の事故の後、現在ある原発の廃止案が出て
    直ぐに可決されました。
    その後の撤廃に掛る費用は膨大になるようですし
    今の電気料金が上がるのは必至。
    それでも国民は 原発廃止に賛成しました。
    本家本元の日本では 何の動きもないようで・・・・
    勿論、ノルウェーもスイスも小国だから出来る事、
    と言われればそれまでなんですが・・・

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    1. 原発について読めば読むほど、原発と日本の社会構造というのは関連しているのだと思い知らされます。原発に関する既得権というものが存在しているだけに、それを失うとなれば、何が何でも原発をなくさせない、みたいな強い意志が働いているのでしょう。ということは、原発をなくすには、それを覆すほどのさらに強い意志が必要ということです。

      日本の場合、たとえ電気代が上がる、などの自分のお財布へのダメージがあっても原発をなくしたい、という国民の意思があるのかどうか、そして国民の意思があった場合、果たしてそれが政策に反映されるのか。どうなんでしょう。

      原発にしろ、社会保障改革にしろ、今まで見ないフリをしてあまりうまくいっていない既存のシステムに乗っかってきたツケをそろそろ払う時期にきているように思います。

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  2. 全く同感です。

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