先日プラハの学会で、久しぶりに元同僚のノルウェー人男性に会いました。彼は私たちがスタヴァンゲルに引っ越した時はまだ同じ大学で働いていたのですが、3年ほど前に南米、ペルーの大学に移ったのです。彼の奥さんはペルー人で、彼らは当時2歳の息子さんともどもスタヴァンゲルで暮らしていたのですが、どうやら奥さんがノルウェーでの生活に耐えられなくなったようです。それで、奥さんの実家の近くの大学に職を見つけてそちらに移ったのです。
私は奥さんに直接会ったことがないので、詳しい事情はよくわからないのですが、その同僚はスタヴァンゲル出身。地元嗜好が強いスタヴァンゲル人の彼が遠い南米に移るほどとは、それなりに切迫した状態であったのではないかと想像します。周りの人から色々事情をきくと、奥さんがスタヴァンゲル、ひいてはノルウェーに馴染めなかった理由のひとつは、メイドやナニーが雇えなかったことにもあったようです。どうやら南米ではメイドやナニーを雇うのはわりと一般的であるようで、専業主婦であっても外で働いていても、家庭における女性の役割のひとつは、それらの使用人のマネージメントであるようです。そのような環境で育った彼女は、掃除も洗濯も食事の支度も子供の世話も自分ひとりでしなければならない生活(旦那さんはフルタイムで働いているので、それらは一応は専業主婦であった奥さんの担当であったようです)に馴染めなかったようです。
そういえば、私のママ友でメキシコ人の女性は両親ともにお医者さんだったそうですが、家には何人も使用人がたそうです。彼女は娘さんがふたりいるのですが、ふたりともメキシコで生みました。私は勝手な想像でノルウェーの方が病院などの環境がいいのではないかと想像していたので、彼女がメキシコに戻って出産するときいてびっくりしたのですが、理由のひとつには、メキシコに戻ればお母様がいるのに加えて、当然ナニーも雇うわけで、そうした全面的なバックアップがあることもあって、少なくともはじめの数ヶ月はメキシコに滞在していたようです。彼女はメキシコに戻って暮らすことは考えていないようですが、家事はノルウェー人の旦那さんのほうがメインな感じです。
2012/09/22
2012/09/11
出張と罪悪感
出張が重なった話は前回しましたが、出張は行ってる時も大変ですが、行く前と帰ってきてからもけっこう大変です。なぜかといえば、私が出張中はもちろん夫が子供の面倒をみるわけで、朝ごはんとお弁当はもともと夫の担当とはいえ、そこに加えて上の娘の宿題をみてあげたり、体操着や図書館の本など、娘の学校にその日に持って行くものを揃えたり、バレエのクラスの送り迎えをしたりと、やることはたくさんあります。そして、それを一人で全部カバーするのはやはり大変です。なので、私がいない間の夫の負担が軽くなるように、私もできるたけの支度をしていきます。娘が学校に持っていくものを揃えておいたり、お弁当やスナックに持っていく食べ物を買い置きしておいたり、子供のスケジュールを書いたメモを置いておいたり、掃除や洗濯もできる限り終わらせておきます。ただでさえ、発表の準備やその他の締め切りに追われているところに、さらにそれらの家事・子供関連のことを一通り終わらせなければならないので、出張前は本当に目の回る忙しさです。
プラハでの学会は同じ大学の同僚や、他の大学から知っている研究者も参加していました。私は全ての準備を終えて夕方の飛行機でプラハに向かったので、ホテルに着いたのはもう真夜中過ぎでしたが、そこで夜遅くまで飲んでいた彼らに遭遇したのです。わたしもお酒など飲みながら、「出張に来ると、やはり夫に対して罪悪感を感じてしまうので、彼の負担が軽くなるようにできるだけの支度をしてから来たために到着するのがこんな時間になってしまった」という旨を伝えると、ノルウェー人やデンマーク人の彼らに「そこで罪悪感を感じるあたりが、君はまだ日本人だね」などど言われてしまいました。そうなの!?あなたたち罪悪感ないの!?その場にいたのはほとんどが男性だったのですが、そこにいた女性同僚(博士課程の学生ですが、私より年上で、子供もふたりいます)は、「え、別に洗濯とかなんて、してこなかったけど。」とのこと。罪悪感を感じるとしたら、それは家を空けて寂しい思いをさせてしまっている、ということに対してであって、家事や子供の面倒をかぶってもらうことに対してではないようです。
プラハでの学会は同じ大学の同僚や、他の大学から知っている研究者も参加していました。私は全ての準備を終えて夕方の飛行機でプラハに向かったので、ホテルに着いたのはもう真夜中過ぎでしたが、そこで夜遅くまで飲んでいた彼らに遭遇したのです。わたしもお酒など飲みながら、「出張に来ると、やはり夫に対して罪悪感を感じてしまうので、彼の負担が軽くなるようにできるだけの支度をしてから来たために到着するのがこんな時間になってしまった」という旨を伝えると、ノルウェー人やデンマーク人の彼らに「そこで罪悪感を感じるあたりが、君はまだ日本人だね」などど言われてしまいました。そうなの!?あなたたち罪悪感ないの!?その場にいたのはほとんどが男性だったのですが、そこにいた女性同僚(博士課程の学生ですが、私より年上で、子供もふたりいます)は、「え、別に洗濯とかなんて、してこなかったけど。」とのこと。罪悪感を感じるとしたら、それは家を空けて寂しい思いをさせてしまっている、ということに対してであって、家事や子供の面倒をかぶってもらうことに対してではないようです。
2012/09/10
論文発表は年の功
先日ベルゲンでの出張から帰ってきて、私の忙しかった夏もようやく終わった感じです。この夏は本当に出かけてばかりでした。日本に帰ったのももちろんですが、そこからノルウェーに戻ってきてすぐにバルセロナに出張、そのあとまた数日あけてトルコにバケーション、そしてその後すぐまたシアトルに出張、そして先日のプラハとベルゲン。いくら旅行好きの私とはいえ、さすがに疲れました。
出張は、おもに論文や研究結果を学会や会議で発表するのですが、もちろんそこで発表する分析をして、発表用のプレゼンテーションを準備しなければいけません。また、分析や発表は誰を相手に喋るかによってももちろん違います。学者が相手の発表とビジネス人向けの発表では、やはり内容がまったく違います。学者向けは、論理や分析の手法、結果の統計的有意性などが中心になりますが、ビジネス向けだと、より現実問題に即した結果を、できるだけわかりやすく説明することになります。もちろん、発表するとなれば、できる限りクオリティーの高いものにしたいと思うのは当然で、そうすると、ひとつの発表を用意するのに、やはりそれなりの労力が必要となります。
そうやって忙しく発表の準備に追われているとき、ふと「思えば遠くに来たものだ」と思ったのは、まだ大学院生の頃に学会で発表したときと今を比ると、ものすごい差があると思ったからです。あえて、成長といえるかもしれません。昔に比べて、私のプレゼン能力は格段に上達したと思います。単に学生時代がひどかったため、比較すれば今が上、ともいえるかもしれませんが。とにかく、プレゼンの「プ」の字もよく分かっていなかったと思います。
出張は、おもに論文や研究結果を学会や会議で発表するのですが、もちろんそこで発表する分析をして、発表用のプレゼンテーションを準備しなければいけません。また、分析や発表は誰を相手に喋るかによってももちろん違います。学者が相手の発表とビジネス人向けの発表では、やはり内容がまったく違います。学者向けは、論理や分析の手法、結果の統計的有意性などが中心になりますが、ビジネス向けだと、より現実問題に即した結果を、できるだけわかりやすく説明することになります。もちろん、発表するとなれば、できる限りクオリティーの高いものにしたいと思うのは当然で、そうすると、ひとつの発表を用意するのに、やはりそれなりの労力が必要となります。
そうやって忙しく発表の準備に追われているとき、ふと「思えば遠くに来たものだ」と思ったのは、まだ大学院生の頃に学会で発表したときと今を比ると、ものすごい差があると思ったからです。あえて、成長といえるかもしれません。昔に比べて、私のプレゼン能力は格段に上達したと思います。単に学生時代がひどかったため、比較すれば今が上、ともいえるかもしれませんが。とにかく、プレゼンの「プ」の字もよく分かっていなかったと思います。
2012/08/29
新居完成間近・・・かな?
なぜ忙しいときにかぎって、さらにやることが増えていくのでしょうか。「お金は淋しがりだから、よりお金のあるところに集まるようになっている」とは、昔友達が言った言葉で、言いえて妙、と心から納得したものですが、忙しさというのも、なんだか忙しさを生むように思います。そういえば、お店やカフェなどでも、お客さんはまとめてがばっと来たかと思うと、急に誰も来なかったりして。物事には波というものがあるのでしょうか。なんて、そんなことを考えてしまうのは、最近妙に忙しいからです。日本ももうすぐ新学期ですが、こちらではもう8月の半ばから新学期が始まっています。私はこの学期クラスをふたつ教えているので、ほぼ毎日、日によっては二つ、授業があります。ひとコマ2時間で教えているので、授業がふたつある日などは、それだけでもうぐったり。それに加えて来週プラハでの学会、さらにそこから直行でベルゲンへ行って別の会議、と立て続けに発表があり、それらの発表の準備にも追われています。そしてさらに、新学期ということで、子供たちの習い事の新しいスケジュール、プレイデート、毎週末のようにやって来るお誕生会、と、子供関連でやることも盛りだくさん。ただでさえ毎日やることがいっぱいなのに、そこにさらにダメ押しが新居。去年から建てている新居が、とうとう完成間近なようです。
新居完成は嬉しい反面、このクソ忙しいときに引越しのことなど、考えただけで頭がクラクラしてきます。しかし、引越し以前に、まだまだやらなければいけないことが沢山!私も夫も、見たくない物には目をつむる習性で、今までそれらの事を先送りにしてきたのですが、もうそんなことを言っていられないほどに新居の建設は進んだようです。先日新居の照明やバスルームの業者に会ってきたのもそのためです。また、家の中ばかりでなく、外もどうするのか考えなければいけません。しかし、ちょっと何かするだけで目玉の飛び出るような価格を払わなければならないノルウェー。ガレージの前を舗装するだけでも随分な出費です。また、家の裏庭にパティオを付けてもらったので、そちらも結構な出費。この調子で、新居への出費はじりじりと上がっていきます。しかし、自分たちでやる、などというスキルは持ち合わせていないので、人を雇ってやってもらうしか道はありません。
新居完成は嬉しい反面、このクソ忙しいときに引越しのことなど、考えただけで頭がクラクラしてきます。しかし、引越し以前に、まだまだやらなければいけないことが沢山!私も夫も、見たくない物には目をつむる習性で、今までそれらの事を先送りにしてきたのですが、もうそんなことを言っていられないほどに新居の建設は進んだようです。先日新居の照明やバスルームの業者に会ってきたのもそのためです。また、家の中ばかりでなく、外もどうするのか考えなければいけません。しかし、ちょっと何かするだけで目玉の飛び出るような価格を払わなければならないノルウェー。ガレージの前を舗装するだけでも随分な出費です。また、家の裏庭にパティオを付けてもらったので、そちらも結構な出費。この調子で、新居への出費はじりじりと上がっていきます。しかし、自分たちでやる、などというスキルは持ち合わせていないので、人を雇ってやってもらうしか道はありません。
2012/08/21
祝 ノルウェー語テスト合格!
ノルウェー語のテストに無事合格いたしました。
やったー!素直に嬉しい!そしてほっとした!前にも書きましたが、テストを受けた後の感覚としては、たぶん大丈夫と思うけど、落ちる可能性は少なくはない、というものでした。特にリスニングはちょっと(かなり)危ういと思っていたので、合格ときいて、とっても安心した反面、私程度のレベルでも合格できるとは、採点がめちゃめちゃ甘いに違いない、とも思ってしまいました。
自分で言うのも何ですが、私のノルウェー語は、日常会話にも困るほどのかなりの低レベル。会話の出だしは好調ですが、そのまま5分も会話が続かない!それは、ノルウェー語だとあまりに効率が悪いために、5分も経つ頃には会話も英語に変わってしまっているから。これでは上達なんてするわけない、と思っていた矢先、とあるお店で、そのお店の店員さんとノルウェー語の会話が随分続いたことがありました。なぜそんなにノルウェー語の会話が続いたかといえば、ひとえに店員さんが英語を喋るのを拒否したためです。
そのお店に行ったのは、今建てている家の照明を選ばないといけなかったからです。すでに契約によってそのお店で購入しないといけないことになっており、向こうも家の間取りなども承知なので、部屋ごとに、ここはこんな感じがいいんじゃないかしら、とか色々アドバイスをくれて大助かりなのですが、彼女は「私、あまり英語が上手じゃないから」と、私のノルウェー語レベルとは無関係にとにかくノルウェー語を通します。私もありったけのノルウェー語で応対。身振り手振りも交えての私たちの会話は周りから見たらちょっと滑稽だったかもしれませんが、こっちも必死です。なにしろ、新居の照明がかかっているのです。
やったー!素直に嬉しい!そしてほっとした!前にも書きましたが、テストを受けた後の感覚としては、たぶん大丈夫と思うけど、落ちる可能性は少なくはない、というものでした。特にリスニングはちょっと(かなり)危ういと思っていたので、合格ときいて、とっても安心した反面、私程度のレベルでも合格できるとは、採点がめちゃめちゃ甘いに違いない、とも思ってしまいました。
自分で言うのも何ですが、私のノルウェー語は、日常会話にも困るほどのかなりの低レベル。会話の出だしは好調ですが、そのまま5分も会話が続かない!それは、ノルウェー語だとあまりに効率が悪いために、5分も経つ頃には会話も英語に変わってしまっているから。これでは上達なんてするわけない、と思っていた矢先、とあるお店で、そのお店の店員さんとノルウェー語の会話が随分続いたことがありました。なぜそんなにノルウェー語の会話が続いたかといえば、ひとえに店員さんが英語を喋るのを拒否したためです。
そのお店に行ったのは、今建てている家の照明を選ばないといけなかったからです。すでに契約によってそのお店で購入しないといけないことになっており、向こうも家の間取りなども承知なので、部屋ごとに、ここはこんな感じがいいんじゃないかしら、とか色々アドバイスをくれて大助かりなのですが、彼女は「私、あまり英語が上手じゃないから」と、私のノルウェー語レベルとは無関係にとにかくノルウェー語を通します。私もありったけのノルウェー語で応対。身振り手振りも交えての私たちの会話は周りから見たらちょっと滑稽だったかもしれませんが、こっちも必死です。なにしろ、新居の照明がかかっているのです。
2012/08/07
トルコでバケーション
バケーションでトルコに行って来ました。またしても滞在型のキッズフレンドリーなホテルですが、今回は初めて2週間の滞在、いつもの倍の長さです。1週間だと、いつも最後の方で、もう終わっちゃうから今のうちに泳いでおかなくちゃ、などと少々ストレスが溜まるので、今回ちょっと長めに取ってみることにしました。とはいっても、2週間という滞在期間はごく普通で、ホテルだと、みんなだいたい1~2週間滞在するようです。もっと長期で滞在する人は、よりアパートっぽい物件を選ぶ場合も多いようで、実際、夫の妹一家は今フロリダのプールつき借家に1ヶ月滞在しています。
長さもさることながら、トルコというのも今回初めてです。今までクレタとスペインだったので、ちょっと変えてみようか、ということになりました。北欧人のバケーションの目的地としてはとてもポピュラーです。また、スペインよりちょっとお値段も手ごろなようです。
私たちが今回訪れたのは、シデという、トルコ有数のリゾート地です。アレクサンダー大王にも占領されたという古い街。古代遺跡も残っていて、特に2万人以上収容したという円形劇場や浴場跡、神殿跡など色々残っていて、もちろん入って見ることもできます。私たちが泊まったホテルは、そのシデの市街地から車で5分ほどの所にあるリゾートホテルです。ホテルは居心地よく、食べ物もわりと美味しいし、特に不満はなかったのですが、なんとトルコでも異常気象という猛暑にあたってしまいました。毎日暑い!それも、45度とか47度とかのレベルの暑さです。これでは、どんなに素敵な遺跡があっても、昼間見に行こうという気にはなれず、結局毎日ホテルのプールに入ったり、ホテルの子供の遊び場に行ったりするのみで、シデの街にも2回ほど行っただけです(それも夕方から)。それでも、シデの遺跡は迫力あり、ちょっとした博物館もあって、古代の人々の暮らしに思いを馳せることができました。特に、私は今塩野七生さんの「ローマ人の物語」を読んでいて、ちょっと歴女な気分だったので、遺跡をよりいっそう堪能できました。でも、この暑さでは、カッパドキアに行くなどは到底無理でしたが。
長さもさることながら、トルコというのも今回初めてです。今までクレタとスペインだったので、ちょっと変えてみようか、ということになりました。北欧人のバケーションの目的地としてはとてもポピュラーです。また、スペインよりちょっとお値段も手ごろなようです。
劇場の通路 |
劇場と、その向こうにはアポロンを祭った神殿。 劇場ではグラディエーターも戦ったそうです。 |
浴場跡の遺跡にはちょっとしたミュージアムもありました。 |
市街地はお土産屋さんでいっぱい。 |
2012/07/29
日本の小学生とノルウェー交流
娘がこの度日本でお世話になっていた小学校は、私の母校でもあります。ん十年前に私が通っていた頃と比べると、校舎が新しくなり(中越地震の後建て直されたようです)、また、子供の数が減りました。第二次ベビーブームだった私の世代の頃は全校で1600人いたものですが、今では900人ほどになったようです。とはいえ、卒業してから訪ねることもなかった小学校に娘が3週間お世話になることになり、急にまた母校と関わりを持つこととなりました。そして、「国際理解教育」の一環として、私から小学校の子供たちにノルウェーについて話をすることになりました。
これは、実は私の方から学校に持ちかけたものです。娘は学校に通うことで日本という国や文化を吸収できますが、日本の子供たちにとっては、娘の日本語能力という問題もあり、ちょっと中途半端な交流になってしまうのではないかと思ったのもありますが、子供たちにとって、娘という媒体を通して他の国について学ぶ絶好のチャンスだと思ったからです。私の実家は田舎にあるので、大きい都市と比べると、どうしてもナマで外国に接触する機会というのは限られます。私は結果的に外国に行く、という道を選んだわけですが、なぜそうなったのか、今考えても不思議なほど、私は育っていく過程で外国との接点というものはありませんでした。大学留学するに至って初めてパスポートを取ったほどです。なので、小学生の時点で小さくても外国との接点を持つのはいいことなのではないかと思ったのです。
別に全員留学してほしい、と思っているわけではありませんが、外からの視点を持つ、というのはとても大切だと思うのです。これは、日本という国でもそうですし、個人としても同じことです。常に第三者的視線で物事を見る、というのはとても重要です。そして、外国について知るということは、この目線を培う上での有効なトレーニングとなりますし、もちろん外国に行ったり、外国人と接したりする上でも必要となります。「国際理解 イコール 英語」みたいな図式があるような気もしますが、英語はあくまでも道具であって、目的ではありません。英語が話せる、外国についての知識がある、というのは枝葉の部分であり、いちばん根っこにあるのは、柔軟な視点や考え方を持てるか、といったところにあるように思います。
これは、実は私の方から学校に持ちかけたものです。娘は学校に通うことで日本という国や文化を吸収できますが、日本の子供たちにとっては、娘の日本語能力という問題もあり、ちょっと中途半端な交流になってしまうのではないかと思ったのもありますが、子供たちにとって、娘という媒体を通して他の国について学ぶ絶好のチャンスだと思ったからです。私の実家は田舎にあるので、大きい都市と比べると、どうしてもナマで外国に接触する機会というのは限られます。私は結果的に外国に行く、という道を選んだわけですが、なぜそうなったのか、今考えても不思議なほど、私は育っていく過程で外国との接点というものはありませんでした。大学留学するに至って初めてパスポートを取ったほどです。なので、小学生の時点で小さくても外国との接点を持つのはいいことなのではないかと思ったのです。
別に全員留学してほしい、と思っているわけではありませんが、外からの視点を持つ、というのはとても大切だと思うのです。これは、日本という国でもそうですし、個人としても同じことです。常に第三者的視線で物事を見る、というのはとても重要です。そして、外国について知るということは、この目線を培う上での有効なトレーニングとなりますし、もちろん外国に行ったり、外国人と接したりする上でも必要となります。「国際理解 イコール 英語」みたいな図式があるような気もしますが、英語はあくまでも道具であって、目的ではありません。英語が話せる、外国についての知識がある、というのは枝葉の部分であり、いちばん根っこにあるのは、柔軟な視点や考え方を持てるか、といったところにあるように思います。
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