またしてもご無沙汰しております。毎日なにかと忙しく、なかなかブログに向かう時間もエネルギーもない日々が続いているところです。何かというと、今ちょうど期末テストの時期なのです。ノルウェーの大学は基本的に期末試験で成績が決まります。アメリカの大学では中間や期末試験に加えて、出席や宿題も成績にカウントされることが多かったので、そういう意味で、リスクがばらけていた分少し気が楽だった気がしますが、ノルウェーの学生は、学期中どんなにがんばっていても、期末試験がダメだったら成績はダメなので、鬼気迫るものがあります。また、今までだらけていてちゃんと宿題などとやってこなかった生徒は、今必死に追いついているところで、そういった理由で私のオフィスには質問にくる学生が急に増え、質問のメールも毎日送られてきます。
アメリカから引っ越してきた頃は、アメリカ式に成績が中間・期末・宿題、といろいろな要素から決まるシステムにしようと思ったのですが、ノルウェー人の同僚に「それはやめたほうがいい」と忠告を受けました。なぜかというと、ノルウェーでは、学生は成績がつけられたもの(テストであれ、宿題であれ)に対して異議を申し立てる権利があるのです。それも、アメリカ式に、先生に直接「どうしてこの宿題の成績ははBなんですか?」と直接聞くのではなく、「意義申立書」とでもいいましょうか、そういう書類を大学に提出するのです。その書類が提出されると、成績をつけた職員のもとに、なぜそういう成績になったのか説明を求める書類が届きます。それに対して、職員は成績の説明を提示し、また大学に提出します。それに対して学生が納得すればそれで終わりですが、そこで納得のいかない学生は、さらに異議を申し立てることができます。その場合、職員は学部の内部・外部から一人づつ審判(?)を指名し、成績が公正であったかどうかの判断が下されます。
ものすごく面倒くさいシステムですが、これは学生の権利とされているので、そう簡単に廃止するわけにもいかないのでしょうか。私も何度か期末テストの成績ででこれらの異議申し立てを受けたことがあります。いまのところ、私のつけた成績が覆されたというケースはありませんが、これを宿題を出す度にやっていては仕事になりません。そういうわけで、クラスでは宿題を出しますが、提出は義務付けていませんし、添削もしません。そのかわり、詳しい解答を配布します。このシステムだと、やる気のある生徒は自分で勉強できますが、あまりやる気がなかったり、仕事を持っていて忙しい学生などは、結局最後の最後まで勉強しない、ということになってしまいます。もっと中間テストなどを入れて、半ばでチェックが入るようにしようにも、面倒くさいシステム上そういうわけにはいかないのです。
2012/11/25
2012/10/29
ノルウェーのためなら
昨日テレビをつけたら、たまたまやっていたのが「Alt for Norge」という番組。直訳すると All for Norway。これは、ノルウェーのリアリティー番組で、10人ほどのアメリカ系ノルウェー人をノルウェーに招待し、毎週いろいろ競争させ(毎週ひとりアメリカに帰されることになっています)、最後に勝ち残った人がノルウェーの親戚に対面できる、という番組。この番組の趣向は、ノルウェー系アメリカ人というコンセプトを理解して初めて納得いくものです。ノルウェーは石油が発見されるまでは歴史を通してとても貧しい国だったそうで、よりよい暮らしを求めて沢山のノルウェー人が外国に渡りました。どのくらい沢山かというと、現在ではノルウェーに住むノルウェー人よりノルウェー以外の国に住むノルウェー系の人たちの方が数が多い、というくらい沢山です。その中でも沢山の人がアメリカに向かいました。私が住んでいたシアトルやカリフォルニアにもノルウェー系の人たちのコミュニティーがあったり、スカンジナビア系の食料品店があったりしましたが、特にノルウェー系の人が多くて有名なのはミネソタでしょうか。せっかくアメリカに渡ったのだから、もっと暖かくて気候の良いところに定住すればいいのに、なぜわざわざミネソタに?と私などは思ってしまうのですが、ミネソタの気候がより祖国に近かったからでしょうか(ミネソタの冬は寒くて有名です)。
さて、これらのノルウェー系アメリカ人たちは、人にもよるでしょうが、ノルウェーに対してとてもノスタルジックな感情を抱いていて、一度はノルウェーを訪れてみたい、と思っているようです。これはきっと、どの移民にも共通していることでしょうが、この感情は私のような移民第一世代の者には完全には推し量れないのではないかと思います。私は日本で生まれ育ち、日本についての直接的な知識も経験もあり、また、ちょくちょく日本に帰っています。もちろん日本を懐かしく思ったりしますが、それは第二世代以降が感じるであろう感情とは違うと思います。第二世代以降にとって祖国は大部分、直接の体験よりも又聞きの間接的な情報によるわけです。自分のルーツがそのような間接的な情報によってなっている、という状態は一体どういうものなのでしょうか。だいたい、日本にいる日本人は「自分のルーツ」なるものに対してわりと無頓着であるように思いますが、移民で構成されているアメリカ人にとって、自分のルーツや家族の歴史というものは、特別な意味を持つようです。そしてそれは、アメリカ系のノルウェー人にもいえることです。
さて、これらのノルウェー系アメリカ人たちは、人にもよるでしょうが、ノルウェーに対してとてもノスタルジックな感情を抱いていて、一度はノルウェーを訪れてみたい、と思っているようです。これはきっと、どの移民にも共通していることでしょうが、この感情は私のような移民第一世代の者には完全には推し量れないのではないかと思います。私は日本で生まれ育ち、日本についての直接的な知識も経験もあり、また、ちょくちょく日本に帰っています。もちろん日本を懐かしく思ったりしますが、それは第二世代以降が感じるであろう感情とは違うと思います。第二世代以降にとって祖国は大部分、直接の体験よりも又聞きの間接的な情報によるわけです。自分のルーツがそのような間接的な情報によってなっている、という状態は一体どういうものなのでしょうか。だいたい、日本にいる日本人は「自分のルーツ」なるものに対してわりと無頓着であるように思いますが、移民で構成されているアメリカ人にとって、自分のルーツや家族の歴史というものは、特別な意味を持つようです。そしてそれは、アメリカ系のノルウェー人にもいえることです。
2012/10/11
「ムラカミ」のちから
日本で「ノルウェーに住んでいます」と言うと、「ノルウェーってどこでしたっけ?」とか、「ああ、ボルボ(もしくはノキア)で有名ですよね」などの返答が返ってきて、「ノルウェーは北欧です」とか「それはスウェーデン(もしくはフィンランド)です」とか答える度に、ノルウェーは日本人には知られていないなあ、という事実を確認します。では、その反対はどうか、というと、ノルウェー人も、日本のことをそんなによくは知らないのです。タイくらいまでなら、バケーションで行ったり、近所にタイ人が住んでいたりして知っているようですが、その先の東アジアとなると、まだまだ未知の領域であるようです。
そんなノルウェー人にとって、日本と言ってまず思い浮かぶのはおそらくトヨタやソニーなどの日本の有名メーカではないでしょうか。日本車はノルウェーでも人気ですし、日本の会社の電気製品もよく見かけます。また、この頃スタヴァンゲルでもやっと寿司が定着しつつあり、普通のスーパーでもパックのお寿司が並び(美味しくないけど)、寿司用のネタ(といってもサーモンのみ)や、わさび、甘酢漬けのしょうがなどを見かけるようになりました。
しかし、ソニーや寿司以外に、「日本」と言ってノルウェー人の心に浮かぶようになったもの、それは「ムラカミ」。もちろん作家の村上春樹さんのことです。私が「日本人です」と言うと、「僕はムラカミが大好きなんだ」とか、「私はムラカミのファンなの」と言ってくる人がたくさんいます。私もファンなので、それでムラカミの話で盛り上がったりするわけですが、彼らは私より熱心にムラカミの本を読んでいたりします。ムラカミ好きがきっかけで日本に行った、留学した、という話もきくほどです。同僚の友人のノルウェー人女性は、日本に行ったばかりでなく、その体験をもとに小説を書いて本まで出しちゃったそうです。
そんなノルウェー人にとって、日本と言ってまず思い浮かぶのはおそらくトヨタやソニーなどの日本の有名メーカではないでしょうか。日本車はノルウェーでも人気ですし、日本の会社の電気製品もよく見かけます。また、この頃スタヴァンゲルでもやっと寿司が定着しつつあり、普通のスーパーでもパックのお寿司が並び(美味しくないけど)、寿司用のネタ(といってもサーモンのみ)や、わさび、甘酢漬けのしょうがなどを見かけるようになりました。
しかし、ソニーや寿司以外に、「日本」と言ってノルウェー人の心に浮かぶようになったもの、それは「ムラカミ」。もちろん作家の村上春樹さんのことです。私が「日本人です」と言うと、「僕はムラカミが大好きなんだ」とか、「私はムラカミのファンなの」と言ってくる人がたくさんいます。私もファンなので、それでムラカミの話で盛り上がったりするわけですが、彼らは私より熱心にムラカミの本を読んでいたりします。ムラカミ好きがきっかけで日本に行った、留学した、という話もきくほどです。同僚の友人のノルウェー人女性は、日本に行ったばかりでなく、その体験をもとに小説を書いて本まで出しちゃったそうです。
2012/10/04
イタリア職員旅行で不便と迷惑について考える
先週の土曜日から3泊4日で職員旅行に行って来ました。行き先は北イタリアのコモ湖。世界が不況で大変なのにこんな優雅な職員旅行をしていていいのか、とも少し思いますが、一応セミナーなども盛り込まれて「仕事兼」の様相を(辛うじて)呈しているのと、今学期クラスをふたつ教えているため、普段のランチに参加できず、今学部でいったい何が起こっているのか、情報がなかなか入ってこないので、アップデートの意味も込めて参加してきました。学部の職員は、教授陣だけでなく博士課程の学生や事務の人も含めて、基本的に全員参加です。しかし、もちろんウチは同じ職場で共働きのため二人一緒に参加するわけにはいきません。誰かが子供の面倒をみなければいけません。夫の両親も仕事があるので、任せていくわけにもいきません。去年の職員旅行は私が参加してアイスランドに行ってきたのですが、今回はなにしろイタリア。是非行きたい!でも、これはさすがに交渉が必要か、と思っていたら、夫はあっさり「君行ってきていいよ」とのことなので、好意は素直に受け取ることにして、いざイタリアへ!
朝6時のフライトだったので、朝は3時半起き。眠い目をこすりながら5時前に空港に到着してびっくりしたのは、2週間前に女の子を出産したばかりの同僚(博士課程の学生ですが)の姿が!彼女はイタリア旅行をとても楽しみにしていながら、出産と重なる時期のため、泣く泣く参加を諦めた、と思っていたのですが、なんと強行参加のようです。ベビービョルンに赤ちゃんを収めて、もちろんノルウェー仕様のベビーカーも持参です。
日本では授乳は人から見えないところでするのがエチケットのようですが、ノルウェーでは街中だろうと、どこだろうと授乳OKです。また、日本だと、外で授乳する場合、布のようなもので赤ちゃんごと胸全体を覆って行うのを何度も見かけましたが、ノルウェーではそもそも「隠す」という感覚があまりないようです。だからといっておおっぴらに胸を出して授乳するわけではありませんが、みんな上手にさりげなく授乳していて、ちょっと見たくらいでは授乳しているとは分かりません。同僚の彼女は、これでもう三人目の子供。授乳も手馴れたもので、学部のみんなとレストランでディナーなど食べているテーブルで、「あら、この子お腹すいてるみたい」と、さらっと授乳。
朝6時のフライトだったので、朝は3時半起き。眠い目をこすりながら5時前に空港に到着してびっくりしたのは、2週間前に女の子を出産したばかりの同僚(博士課程の学生ですが)の姿が!彼女はイタリア旅行をとても楽しみにしていながら、出産と重なる時期のため、泣く泣く参加を諦めた、と思っていたのですが、なんと強行参加のようです。ベビービョルンに赤ちゃんを収めて、もちろんノルウェー仕様のベビーカーも持参です。
| コモ湖のクルーズもベビーカーで乗り込みます。 手前に見えるのがノルウェー仕様のベビーカー。 |
日本では授乳は人から見えないところでするのがエチケットのようですが、ノルウェーでは街中だろうと、どこだろうと授乳OKです。また、日本だと、外で授乳する場合、布のようなもので赤ちゃんごと胸全体を覆って行うのを何度も見かけましたが、ノルウェーではそもそも「隠す」という感覚があまりないようです。だからといっておおっぴらに胸を出して授乳するわけではありませんが、みんな上手にさりげなく授乳していて、ちょっと見たくらいでは授乳しているとは分かりません。同僚の彼女は、これでもう三人目の子供。授乳も手馴れたもので、学部のみんなとレストランでディナーなど食べているテーブルで、「あら、この子お腹すいてるみたい」と、さらっと授乳。
2012/09/22
食器洗浄機 対 メイド
先日プラハの学会で、久しぶりに元同僚のノルウェー人男性に会いました。彼は私たちがスタヴァンゲルに引っ越した時はまだ同じ大学で働いていたのですが、3年ほど前に南米、ペルーの大学に移ったのです。彼の奥さんはペルー人で、彼らは当時2歳の息子さんともどもスタヴァンゲルで暮らしていたのですが、どうやら奥さんがノルウェーでの生活に耐えられなくなったようです。それで、奥さんの実家の近くの大学に職を見つけてそちらに移ったのです。
私は奥さんに直接会ったことがないので、詳しい事情はよくわからないのですが、その同僚はスタヴァンゲル出身。地元嗜好が強いスタヴァンゲル人の彼が遠い南米に移るほどとは、それなりに切迫した状態であったのではないかと想像します。周りの人から色々事情をきくと、奥さんがスタヴァンゲル、ひいてはノルウェーに馴染めなかった理由のひとつは、メイドやナニーが雇えなかったことにもあったようです。どうやら南米ではメイドやナニーを雇うのはわりと一般的であるようで、専業主婦であっても外で働いていても、家庭における女性の役割のひとつは、それらの使用人のマネージメントであるようです。そのような環境で育った彼女は、掃除も洗濯も食事の支度も子供の世話も自分ひとりでしなければならない生活(旦那さんはフルタイムで働いているので、それらは一応は専業主婦であった奥さんの担当であったようです)に馴染めなかったようです。
そういえば、私のママ友でメキシコ人の女性は両親ともにお医者さんだったそうですが、家には何人も使用人がたそうです。彼女は娘さんがふたりいるのですが、ふたりともメキシコで生みました。私は勝手な想像でノルウェーの方が病院などの環境がいいのではないかと想像していたので、彼女がメキシコに戻って出産するときいてびっくりしたのですが、理由のひとつには、メキシコに戻ればお母様がいるのに加えて、当然ナニーも雇うわけで、そうした全面的なバックアップがあることもあって、少なくともはじめの数ヶ月はメキシコに滞在していたようです。彼女はメキシコに戻って暮らすことは考えていないようですが、家事はノルウェー人の旦那さんのほうがメインな感じです。
私は奥さんに直接会ったことがないので、詳しい事情はよくわからないのですが、その同僚はスタヴァンゲル出身。地元嗜好が強いスタヴァンゲル人の彼が遠い南米に移るほどとは、それなりに切迫した状態であったのではないかと想像します。周りの人から色々事情をきくと、奥さんがスタヴァンゲル、ひいてはノルウェーに馴染めなかった理由のひとつは、メイドやナニーが雇えなかったことにもあったようです。どうやら南米ではメイドやナニーを雇うのはわりと一般的であるようで、専業主婦であっても外で働いていても、家庭における女性の役割のひとつは、それらの使用人のマネージメントであるようです。そのような環境で育った彼女は、掃除も洗濯も食事の支度も子供の世話も自分ひとりでしなければならない生活(旦那さんはフルタイムで働いているので、それらは一応は専業主婦であった奥さんの担当であったようです)に馴染めなかったようです。
そういえば、私のママ友でメキシコ人の女性は両親ともにお医者さんだったそうですが、家には何人も使用人がたそうです。彼女は娘さんがふたりいるのですが、ふたりともメキシコで生みました。私は勝手な想像でノルウェーの方が病院などの環境がいいのではないかと想像していたので、彼女がメキシコに戻って出産するときいてびっくりしたのですが、理由のひとつには、メキシコに戻ればお母様がいるのに加えて、当然ナニーも雇うわけで、そうした全面的なバックアップがあることもあって、少なくともはじめの数ヶ月はメキシコに滞在していたようです。彼女はメキシコに戻って暮らすことは考えていないようですが、家事はノルウェー人の旦那さんのほうがメインな感じです。
2012/09/11
出張と罪悪感
出張が重なった話は前回しましたが、出張は行ってる時も大変ですが、行く前と帰ってきてからもけっこう大変です。なぜかといえば、私が出張中はもちろん夫が子供の面倒をみるわけで、朝ごはんとお弁当はもともと夫の担当とはいえ、そこに加えて上の娘の宿題をみてあげたり、体操着や図書館の本など、娘の学校にその日に持って行くものを揃えたり、バレエのクラスの送り迎えをしたりと、やることはたくさんあります。そして、それを一人で全部カバーするのはやはり大変です。なので、私がいない間の夫の負担が軽くなるように、私もできるたけの支度をしていきます。娘が学校に持っていくものを揃えておいたり、お弁当やスナックに持っていく食べ物を買い置きしておいたり、子供のスケジュールを書いたメモを置いておいたり、掃除や洗濯もできる限り終わらせておきます。ただでさえ、発表の準備やその他の締め切りに追われているところに、さらにそれらの家事・子供関連のことを一通り終わらせなければならないので、出張前は本当に目の回る忙しさです。
プラハでの学会は同じ大学の同僚や、他の大学から知っている研究者も参加していました。私は全ての準備を終えて夕方の飛行機でプラハに向かったので、ホテルに着いたのはもう真夜中過ぎでしたが、そこで夜遅くまで飲んでいた彼らに遭遇したのです。わたしもお酒など飲みながら、「出張に来ると、やはり夫に対して罪悪感を感じてしまうので、彼の負担が軽くなるようにできるだけの支度をしてから来たために到着するのがこんな時間になってしまった」という旨を伝えると、ノルウェー人やデンマーク人の彼らに「そこで罪悪感を感じるあたりが、君はまだ日本人だね」などど言われてしまいました。そうなの!?あなたたち罪悪感ないの!?その場にいたのはほとんどが男性だったのですが、そこにいた女性同僚(博士課程の学生ですが、私より年上で、子供もふたりいます)は、「え、別に洗濯とかなんて、してこなかったけど。」とのこと。罪悪感を感じるとしたら、それは家を空けて寂しい思いをさせてしまっている、ということに対してであって、家事や子供の面倒をかぶってもらうことに対してではないようです。
プラハでの学会は同じ大学の同僚や、他の大学から知っている研究者も参加していました。私は全ての準備を終えて夕方の飛行機でプラハに向かったので、ホテルに着いたのはもう真夜中過ぎでしたが、そこで夜遅くまで飲んでいた彼らに遭遇したのです。わたしもお酒など飲みながら、「出張に来ると、やはり夫に対して罪悪感を感じてしまうので、彼の負担が軽くなるようにできるだけの支度をしてから来たために到着するのがこんな時間になってしまった」という旨を伝えると、ノルウェー人やデンマーク人の彼らに「そこで罪悪感を感じるあたりが、君はまだ日本人だね」などど言われてしまいました。そうなの!?あなたたち罪悪感ないの!?その場にいたのはほとんどが男性だったのですが、そこにいた女性同僚(博士課程の学生ですが、私より年上で、子供もふたりいます)は、「え、別に洗濯とかなんて、してこなかったけど。」とのこと。罪悪感を感じるとしたら、それは家を空けて寂しい思いをさせてしまっている、ということに対してであって、家事や子供の面倒をかぶってもらうことに対してではないようです。
2012/09/10
論文発表は年の功
先日ベルゲンでの出張から帰ってきて、私の忙しかった夏もようやく終わった感じです。この夏は本当に出かけてばかりでした。日本に帰ったのももちろんですが、そこからノルウェーに戻ってきてすぐにバルセロナに出張、そのあとまた数日あけてトルコにバケーション、そしてその後すぐまたシアトルに出張、そして先日のプラハとベルゲン。いくら旅行好きの私とはいえ、さすがに疲れました。
出張は、おもに論文や研究結果を学会や会議で発表するのですが、もちろんそこで発表する分析をして、発表用のプレゼンテーションを準備しなければいけません。また、分析や発表は誰を相手に喋るかによってももちろん違います。学者が相手の発表とビジネス人向けの発表では、やはり内容がまったく違います。学者向けは、論理や分析の手法、結果の統計的有意性などが中心になりますが、ビジネス向けだと、より現実問題に即した結果を、できるだけわかりやすく説明することになります。もちろん、発表するとなれば、できる限りクオリティーの高いものにしたいと思うのは当然で、そうすると、ひとつの発表を用意するのに、やはりそれなりの労力が必要となります。
そうやって忙しく発表の準備に追われているとき、ふと「思えば遠くに来たものだ」と思ったのは、まだ大学院生の頃に学会で発表したときと今を比ると、ものすごい差があると思ったからです。あえて、成長といえるかもしれません。昔に比べて、私のプレゼン能力は格段に上達したと思います。単に学生時代がひどかったため、比較すれば今が上、ともいえるかもしれませんが。とにかく、プレゼンの「プ」の字もよく分かっていなかったと思います。
出張は、おもに論文や研究結果を学会や会議で発表するのですが、もちろんそこで発表する分析をして、発表用のプレゼンテーションを準備しなければいけません。また、分析や発表は誰を相手に喋るかによってももちろん違います。学者が相手の発表とビジネス人向けの発表では、やはり内容がまったく違います。学者向けは、論理や分析の手法、結果の統計的有意性などが中心になりますが、ビジネス向けだと、より現実問題に即した結果を、できるだけわかりやすく説明することになります。もちろん、発表するとなれば、できる限りクオリティーの高いものにしたいと思うのは当然で、そうすると、ひとつの発表を用意するのに、やはりそれなりの労力が必要となります。
そうやって忙しく発表の準備に追われているとき、ふと「思えば遠くに来たものだ」と思ったのは、まだ大学院生の頃に学会で発表したときと今を比ると、ものすごい差があると思ったからです。あえて、成長といえるかもしれません。昔に比べて、私のプレゼン能力は格段に上達したと思います。単に学生時代がひどかったため、比較すれば今が上、ともいえるかもしれませんが。とにかく、プレゼンの「プ」の字もよく分かっていなかったと思います。
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