せめて一ヶ月に一度はブログを更新するようにしよう、と思ってからはや半年。何かを続けるということは、大変なことなのだな、という実感を胸に、これからもぼちぼち続けていきたいと思っておりますので、よろしくお願い致します。
さて、例年どおり7月の一ヶ月日本で過ごしました。一番の目的は娘たちに日本を体験してもらうことですが、私もできるだけ日本の社会についての情報収集をするように心がけています。そして今回、「もっと女性が活躍できる社会に」という話題をいたるところで目にしました。私も本当にそうなって欲しいと思っているのですが、どうやら現実はなかなか(というか、やっぱり)難しいようです。これは、単に「もっと女性を雇えばいい」とか「女性を昇進させればいい」という問題ではありません。もっと根本的に日本の社会構造に関わる問題だからです。そして、日本の社会構造は恐ろしいほど「男女の役割分担」を国民に押し付けているように思うのです。つまり、夫は外で働き、妻は家を守る、という役割分担です。
時代錯誤と思う方もいるかもしれませんが、そう考える若者は日本でもアメリカでも増えているようです。それが合理的である、という考え方もあります。経済学的に見て、比較優位で考えれば、得意な分野に特化した方が効率がよい、ということです。つまり、女性の方が家事・育児が上手であり、男性の方が労働市場で高い収入を得られるならば、男性は市場労働に特化して女性は家事・育児に特化するのが一番効率がよい、ということになります。役割分担自体は、決してそれ自体責められるべきものではないのです。しかし、なぜ男性の方が高収入を得やすいのか。それが、例えば女性は出産・育児でキャリアにギャップができる、もしくはキャリアがストップしてしまう、とか、女性ということで責任ある仕事を任せてもらえないから、という理由であった場合、それは女性が家事・育児に特化せざるを得ない状況を放置しているわけで、比較優位とか役割特化では片付かないと思います。
また、家庭の役割分担自体は性別に関係ない、つまり妻の方が高収入を得られる場合、夫が家事・育児に特化するのが合理的です。実際そうしている家庭もあると思いますが、それは少数で、実はそういう家庭であるほど、妻が家事・育児を担っているという研究結果も報告されています。これは、普通に経済理論で考えると不合理ですが、男のプライドとか、妻の「女らしさ」といった要素を加えると、説明がつくのです(興味のある方は経済学初心者でも読めるアカロフとクラントンのIdentity Economics(リンク)をお勧めします(英語))。つまり、本来夫が家族を養う(少なくとも一番稼いでいる)べきはずが、妻が一番の稼ぎ頭になってしまった場合、夫は男としてのプライドを傷つけられ、また、妻は「女は養ってもらうもの」という「女らしさ」を失うわけです。それを補うために、妻は他の「女らしい」行動である「家事・育児」を行って、夫のプライドと妻の女らしさを保とうとする。これにより、高収入の妻ほど家事・育児もする、という結果になってしまいます。そして、こんな疲弊する生活やってられない、と仕事をやめてしまう妻や、離婚してしまう夫婦が続出することになります。これらは、決して社会的にみて最適な結果であるとはいえないはずです。
また、労働市場は競争です。そして、日本では特に、労働時間で会社へのコミットメントを測るようです。そこで家事・育児を負っている女性に、後ろに専業主婦が控えていて主に仕事のことだけ考えていればいい男性と競争しろ(もしくは競争して勝て)と言うのは、ハナから無理というものです。土俵が違いすぎる。女性だって、別に特別扱いして欲しいわけではないと思うのです。ただ、公平に勝負できる土俵を提供してくれ、と訴えているのではないでしょうか。
2014/08/13
2013/04/08
公共助け合い精神
ノルウェーで耳にする言葉にDugnadというものがあります。英語だとボランティアと訳されていましたが、つまりは個人がコミュニティーのために労働する、というのが一般的な解釈であるかと思います。日本でいえば、例えば町内会で川原の草取りやごみひろいをする、とかがノルウェーではDugnadとよばれるのではないでしょうか。しかし、このDugnadはどうやらもっと広い意味でも使われているようです。
例えば、私の職場には、みんなでランチを食べたり、コーヒーを飲みながら、だべったりする用のちょっとしたエリアがあります。そこには小さいキッチンもついていて、さすがに料理用のコンロなどはありませんが、コーヒーマシーンや電子レンジ、冷蔵庫もついています。また、食器もいろいろ揃っていて、コーヒーマグやエスプレッソ用のカップ、グラス、お皿などがキャビネットに収まり(食器がFiggyo製なのはやっぱりノルウェーです)、引き出しには沢山のカトラリーも入っています。ノルウェー人は一日に何杯もコーヒーを飲むので、毎日沢山のコーヒーマグが使われます。これらの使われた食器は、各自が食洗機に入れます。さて、このエリアはもちろんみんなで使う公共の場であるわけで、その分明確に誰かの責任下にあるわけではありません。そうすると、誰がいっぱいになった食洗機に洗剤を放り込んで始動させるのか。誰がきれいになった食器をキャビネットに戻すのか。誰がキッチンカウンターにこぼれている砂糖をきれいにするのか。これらは、Dugnadの精神の基づいて、ボランティアベースで気付いた人がすることになっています。偉い人はしない、などどいうことは起こりません。ノルウェー人はDugnadの前には全員平等であると信じているからです。私は学部長自ら、きれいになった食器を黙々と棚に戻すのを目撃しています。しかも何度も。そして、白状すると、私はまだ一回もやってません!
例えば、私の職場には、みんなでランチを食べたり、コーヒーを飲みながら、だべったりする用のちょっとしたエリアがあります。そこには小さいキッチンもついていて、さすがに料理用のコンロなどはありませんが、コーヒーマシーンや電子レンジ、冷蔵庫もついています。また、食器もいろいろ揃っていて、コーヒーマグやエスプレッソ用のカップ、グラス、お皿などがキャビネットに収まり(食器がFiggyo製なのはやっぱりノルウェーです)、引き出しには沢山のカトラリーも入っています。ノルウェー人は一日に何杯もコーヒーを飲むので、毎日沢山のコーヒーマグが使われます。これらの使われた食器は、各自が食洗機に入れます。さて、このエリアはもちろんみんなで使う公共の場であるわけで、その分明確に誰かの責任下にあるわけではありません。そうすると、誰がいっぱいになった食洗機に洗剤を放り込んで始動させるのか。誰がきれいになった食器をキャビネットに戻すのか。誰がキッチンカウンターにこぼれている砂糖をきれいにするのか。これらは、Dugnadの精神の基づいて、ボランティアベースで気付いた人がすることになっています。偉い人はしない、などどいうことは起こりません。ノルウェー人はDugnadの前には全員平等であると信じているからです。私は学部長自ら、きれいになった食器を黙々と棚に戻すのを目撃しています。しかも何度も。そして、白状すると、私はまだ一回もやってません!
別の例をあげると、レンタルのキャビン。これもDugnadの精神に基づいていて、使った後キャビンをきれいにするのは使った人ということになっています。キャビンには必要最低限のものは揃っていますが、やはりスーパーに日用品を買出しに行かないといけません。そして、洗剤やキャンドルやトイレットペーパーなど、余ってしまった物はそのままキャビンに残して行きます。そうして、次の人に使ってもらうのです。自分たちも同じように、そうやって前の人が残していってくれた物の恩恵に与っているのです。
2013/03/07
人生の分岐点
先日、アメリカ人の博士課程の学生とお茶しました。彼女はアメリカの大学でイノベーションについて勉強しているのですが、フルブライト奨学金で今スタヴァンゲル大学のに留学中なのです。来月とうとう博士ディフェンスということで、今博士論文を完成させるのに大忙し。ということは、もちろん同時進行で職探しもしなければならないわけです。そんな彼女から、今後の進路を決める参考にしたいので、あなたの経験についてきかせて欲しい、と言われて、まあ、私の経験で役に立つのなら、と一緒にお茶をすることにしました。彼女はノルウェー系アメリカ人で、ノルウェーに親戚もたくさんいるほどノルウェーとの結びつきは強く、またノルウェーでの暮らしも大変気に入っているようです。
優秀な彼女は、アメリカのコーネル大学からほぼ内定をもらっているのだそうですが、少なくとも始めの半年は講師扱い、つまりテニュアトラック(なぜノルウェーに住んでいるんですか?参照)ではない、そしてそのテニュアトラックに移れる保証はない、という、少しリスキーなオファーであるようです。しかし、今後のキャリアを構築していく上で、名門大学の肩書きは魅力的です。また、名門大学の肩書きがもたらすチャンスやネットーワークの可能性も見逃せません。彼女もその点はしっかり考えているようで、何年コーネルにいることになるかはわからないけれど、そこにいる間にコーネルの名前を使ってできることをできるだけする、という計画のようです。私が、「このチャンスを短期の投資と思って今後の土台作りに専念するかたわら、長期の展望も練っておくのがいいんじゃないの?」と言ったらずいぶん納得していたようでした。
彼女は30歳。微妙な年頃ですが、現在とくにボーイフレンドもいないそうで、そういう意味では機動性には問題ないようですし、短期の投資をするにはちょうど良い機会なのかもしれません。しかし、同時に、名門大学のテニュアへの道はたいへん厳しいと想像します。ということは、もしテニュアトラックへの道が開けたら、その後の5年間は馬車馬のように働くことを意味します。彼女もそれは承知の上です。そして、彼女はできればライフ・ワークバランスの取れた生活を送りたいとも思っていて、長期的にはノルウェーの大学の戻って来たいそうです。その意味でも、コーネルの名前が彼女の履歴書にハクを付けてくれるはずですし、コーネル時代に培うネットワークは、たとえノルウェーに移っても役立つでしょう。つまり、短期の投資と長期の展望。コーネルにいる間は多少ライフ・ワークバランスが崩れることはあるかもしれませんが、短期間と思って割り切れば乗り切れるのではないでしょうか。そして、ノルウェーに移るのが長期の目的であるならば、ノルウェーの大学の求人情報などに目を光らせておけば、移り時も分かります。もしコーネルが気に入って留まりたいと思えば、それも可能です。そういう意味で、フレキシブルな計画です。
優秀な彼女は、アメリカのコーネル大学からほぼ内定をもらっているのだそうですが、少なくとも始めの半年は講師扱い、つまりテニュアトラック(なぜノルウェーに住んでいるんですか?参照)ではない、そしてそのテニュアトラックに移れる保証はない、という、少しリスキーなオファーであるようです。しかし、今後のキャリアを構築していく上で、名門大学の肩書きは魅力的です。また、名門大学の肩書きがもたらすチャンスやネットーワークの可能性も見逃せません。彼女もその点はしっかり考えているようで、何年コーネルにいることになるかはわからないけれど、そこにいる間にコーネルの名前を使ってできることをできるだけする、という計画のようです。私が、「このチャンスを短期の投資と思って今後の土台作りに専念するかたわら、長期の展望も練っておくのがいいんじゃないの?」と言ったらずいぶん納得していたようでした。
彼女は30歳。微妙な年頃ですが、現在とくにボーイフレンドもいないそうで、そういう意味では機動性には問題ないようですし、短期の投資をするにはちょうど良い機会なのかもしれません。しかし、同時に、名門大学のテニュアへの道はたいへん厳しいと想像します。ということは、もしテニュアトラックへの道が開けたら、その後の5年間は馬車馬のように働くことを意味します。彼女もそれは承知の上です。そして、彼女はできればライフ・ワークバランスの取れた生活を送りたいとも思っていて、長期的にはノルウェーの大学の戻って来たいそうです。その意味でも、コーネルの名前が彼女の履歴書にハクを付けてくれるはずですし、コーネル時代に培うネットワークは、たとえノルウェーに移っても役立つでしょう。つまり、短期の投資と長期の展望。コーネルにいる間は多少ライフ・ワークバランスが崩れることはあるかもしれませんが、短期間と思って割り切れば乗り切れるのではないでしょうか。そして、ノルウェーに移るのが長期の目的であるならば、ノルウェーの大学の求人情報などに目を光らせておけば、移り時も分かります。もしコーネルが気に入って留まりたいと思えば、それも可能です。そういう意味で、フレキシブルな計画です。
2013/02/17
仕事と育休と移民女性
ちょっと前に日本人の集まりで、スタヴァンゲルに越してきたばかりの若い女性にお会いしました。彼女は今妊娠7ヶ月。初めての出産を外国で、という勇気ある女性でしたが、やはり引越直後は大変だったようです。前にも書きましたが、ノルウェーに居住する人はみんな自分の社会保障番号を持っています(ノルウェーの共通番号制度)。ノルウェーに引っ越してきたら、とにかくこの番号を取ってしまわないと、いろいろ不都合がでてきますが、番号をもらう手続きもめんどくさく、私も何度も窓口に出向いたのを覚えています。妊娠中となると、毎月検診にかかるわけですが、これも、社会保障番号がないと大変です。ノルウェーでは、みんなファストレゲとよばれる、かかりつけのジェネラルドクターを持っています。これも、社会保障番号をもらってから、自分の住む地区でまだ患者を取る余裕のある医者を政府のウェブサイトで検索して見つけるのです。妊娠したかな、と思ったら、普通はこのファストレゲに検診してもらい、その後お産婆さん(ミッドワイフ、ノルウェー語ではヨードモー)や必要とあれば産婦人科の専門医に診てもらいます。しかし、これは妊婦に限らず、ノルウェーではまずファストレゲに診てもらって、必要に応じてファストレゲが専門医に紹介状を送る、というふうになっているので、ファストレゲがすべての医療の窓口となります。なので、ファストレゲがいないと、誰にも診てもらえない、という状態になってしまうのです。しかし、ファストレゲを得るには、社会保障番号を持っていないといけません。反対に、社会保障番号さえ持っていれば、なんでもかなりスムーズに進みます。
前述の女性も、やはり始めは色々苦労があったようですが、自分も同じような境遇であったことを思えば、「やっぱりね」というノルウェーの制度に対するあきらめを感じこそすれ、驚きはしません。しかし、彼女と話していて私がびっくりしたのは、奥さんが働いていない場合、旦那さんは育休が取れない、ときいたからです。ノルウェーの寛容な産休・育休制度につても前に書きましたし、私も夫もこの制度で日本では考えられないような長い有給の育休を取ったのです。しかも、パパクオータと呼ばれるパパの割り当ては増える一方で、今では10ヶ月から一年の産休・育休のうち、最低12週間はパパが取ることになっているのです。これも、子供には父親の育児の参加が不可欠であるという理念に基づいた政府の方針によるものです。それなのに、母親が働いていない場合は育休がとれない、とはどういうことでしょうか。父親の育児参加は母親の職の有無に関わらずに大切なのでは?
納得のいかない私は夫や周りの人にその制度についてきいたのですが、どうやらそれは本当のようです。しかし、自分や同僚など、私の周りは働いている人がほとんどだったため、今まで知らずにいました。しかし、この制度は父親の育児参加の奨励という政策との一貫性に欠けるのでは、という私の疑問については、他の政策との関連が指摘されました。すなわち、女性の労働市場参加の促進です。この、母親が働いていない場合父親の育休ナシ、という制度は、母親が働いていない家庭にとっては、明らかに損な制度です。つまり、女性は働いていた方がこの場合トクなのです。女性が労働市場に参加することに対するインセンティブが働くわけです。ただでさえ物価が高く、住宅はさらに高いノルウェー。共働きでもないとやっていけない、というのが実情だとしても、実際に共働きが当たり前。育休制度でも共働きの方が明らかに優遇されているようです。比較的緩めの労働環境も加わって、共働き、というか、女性が労働市場に参加したくなるように社会全体が動いている感じです。
前述の女性も、やはり始めは色々苦労があったようですが、自分も同じような境遇であったことを思えば、「やっぱりね」というノルウェーの制度に対するあきらめを感じこそすれ、驚きはしません。しかし、彼女と話していて私がびっくりしたのは、奥さんが働いていない場合、旦那さんは育休が取れない、ときいたからです。ノルウェーの寛容な産休・育休制度につても前に書きましたし、私も夫もこの制度で日本では考えられないような長い有給の育休を取ったのです。しかも、パパクオータと呼ばれるパパの割り当ては増える一方で、今では10ヶ月から一年の産休・育休のうち、最低12週間はパパが取ることになっているのです。これも、子供には父親の育児の参加が不可欠であるという理念に基づいた政府の方針によるものです。それなのに、母親が働いていない場合は育休がとれない、とはどういうことでしょうか。父親の育児参加は母親の職の有無に関わらずに大切なのでは?
納得のいかない私は夫や周りの人にその制度についてきいたのですが、どうやらそれは本当のようです。しかし、自分や同僚など、私の周りは働いている人がほとんどだったため、今まで知らずにいました。しかし、この制度は父親の育児参加の奨励という政策との一貫性に欠けるのでは、という私の疑問については、他の政策との関連が指摘されました。すなわち、女性の労働市場参加の促進です。この、母親が働いていない場合父親の育休ナシ、という制度は、母親が働いていない家庭にとっては、明らかに損な制度です。つまり、女性は働いていた方がこの場合トクなのです。女性が労働市場に参加することに対するインセンティブが働くわけです。ただでさえ物価が高く、住宅はさらに高いノルウェー。共働きでもないとやっていけない、というのが実情だとしても、実際に共働きが当たり前。育休制度でも共働きの方が明らかに優遇されているようです。比較的緩めの労働環境も加わって、共働き、というか、女性が労働市場に参加したくなるように社会全体が動いている感じです。
2013/01/24
ノルウェー冬の大気汚染!
先日ノルウェー人の「外に出る」及び「新鮮な空気」オブセッションについて書いたばかりだというのに、なんとしたことか、あまり外に出られない状況になってしまいました。なぜかというと、大気汚染がひどいためです。ノルウェーといえば、「美しい自然」というイメージで、公害や大気汚染とは程遠いように思われるかもしれませんが、ノルウェー人とて仙人のような暮らしをしているわけではなく、車も運転すればゴミも出します。しかし、今問題になっている大気汚染はノルウェーの冬の気圧配置の影響によるもののようです。というのは、ここのところ冷え込んで、海岸性気候で普段あまり寒くならないスタヴァンゲルでも毎日マイナス10度などという日々が続いているのですが、このように寒くなると、どうやら大気が動かなくなってしまうらしいのです。ちょうどポケットのように空気がこもってしまい、動かなくなるのだとか。そうすると、大気の汚染物質も動かないでこもってしまい、大気汚染がひどくなるわけです。私ももう4年以上ノルウェーに住んでいますが、こんなにひどい大気汚染は初めてです。どんなにひどいかというと、スモッグが目に見えるほどひどく、LA並みです。どうやら一番ひどいのはベルゲンのようですが、スタヴァンゲルでも地区によっては、喘息のある人や子供はあまり外にでないように、との警告が出されたそうです。
この、冬特有の大気汚染をさらにひどくしていることがふたつあります。ひとつは、ディーゼルで走る車が沢山あること。これは皮肉にも、ノルウェーの政府がディーゼルエンジンの車の方が燃費がよく、より環境に良い、と奨励したこともあって定着したのですが、最近になって、ディーゼルエンジンの方が二酸化炭素の排出は低くてもその他の汚染物質は沢山出る、というのが分かったのだとか。環境によかれ、と思ってしたことが、違ったところで裏目に出てしまったようです。
この、冬特有の大気汚染をさらにひどくしていることがふたつあります。ひとつは、ディーゼルで走る車が沢山あること。これは皮肉にも、ノルウェーの政府がディーゼルエンジンの車の方が燃費がよく、より環境に良い、と奨励したこともあって定着したのですが、最近になって、ディーゼルエンジンの方が二酸化炭素の排出は低くてもその他の汚染物質は沢山出る、というのが分かったのだとか。環境によかれ、と思ってしたことが、違ったところで裏目に出てしまったようです。
2012/10/29
ノルウェーのためなら
昨日テレビをつけたら、たまたまやっていたのが「Alt for Norge」という番組。直訳すると All for Norway。これは、ノルウェーのリアリティー番組で、10人ほどのアメリカ系ノルウェー人をノルウェーに招待し、毎週いろいろ競争させ(毎週ひとりアメリカに帰されることになっています)、最後に勝ち残った人がノルウェーの親戚に対面できる、という番組。この番組の趣向は、ノルウェー系アメリカ人というコンセプトを理解して初めて納得いくものです。ノルウェーは石油が発見されるまでは歴史を通してとても貧しい国だったそうで、よりよい暮らしを求めて沢山のノルウェー人が外国に渡りました。どのくらい沢山かというと、現在ではノルウェーに住むノルウェー人よりノルウェー以外の国に住むノルウェー系の人たちの方が数が多い、というくらい沢山です。その中でも沢山の人がアメリカに向かいました。私が住んでいたシアトルやカリフォルニアにもノルウェー系の人たちのコミュニティーがあったり、スカンジナビア系の食料品店があったりしましたが、特にノルウェー系の人が多くて有名なのはミネソタでしょうか。せっかくアメリカに渡ったのだから、もっと暖かくて気候の良いところに定住すればいいのに、なぜわざわざミネソタに?と私などは思ってしまうのですが、ミネソタの気候がより祖国に近かったからでしょうか(ミネソタの冬は寒くて有名です)。
さて、これらのノルウェー系アメリカ人たちは、人にもよるでしょうが、ノルウェーに対してとてもノスタルジックな感情を抱いていて、一度はノルウェーを訪れてみたい、と思っているようです。これはきっと、どの移民にも共通していることでしょうが、この感情は私のような移民第一世代の者には完全には推し量れないのではないかと思います。私は日本で生まれ育ち、日本についての直接的な知識も経験もあり、また、ちょくちょく日本に帰っています。もちろん日本を懐かしく思ったりしますが、それは第二世代以降が感じるであろう感情とは違うと思います。第二世代以降にとって祖国は大部分、直接の体験よりも又聞きの間接的な情報によるわけです。自分のルーツがそのような間接的な情報によってなっている、という状態は一体どういうものなのでしょうか。だいたい、日本にいる日本人は「自分のルーツ」なるものに対してわりと無頓着であるように思いますが、移民で構成されているアメリカ人にとって、自分のルーツや家族の歴史というものは、特別な意味を持つようです。そしてそれは、アメリカ系のノルウェー人にもいえることです。
さて、これらのノルウェー系アメリカ人たちは、人にもよるでしょうが、ノルウェーに対してとてもノスタルジックな感情を抱いていて、一度はノルウェーを訪れてみたい、と思っているようです。これはきっと、どの移民にも共通していることでしょうが、この感情は私のような移民第一世代の者には完全には推し量れないのではないかと思います。私は日本で生まれ育ち、日本についての直接的な知識も経験もあり、また、ちょくちょく日本に帰っています。もちろん日本を懐かしく思ったりしますが、それは第二世代以降が感じるであろう感情とは違うと思います。第二世代以降にとって祖国は大部分、直接の体験よりも又聞きの間接的な情報によるわけです。自分のルーツがそのような間接的な情報によってなっている、という状態は一体どういうものなのでしょうか。だいたい、日本にいる日本人は「自分のルーツ」なるものに対してわりと無頓着であるように思いますが、移民で構成されているアメリカ人にとって、自分のルーツや家族の歴史というものは、特別な意味を持つようです。そしてそれは、アメリカ系のノルウェー人にもいえることです。
2012/10/04
イタリア職員旅行で不便と迷惑について考える
先週の土曜日から3泊4日で職員旅行に行って来ました。行き先は北イタリアのコモ湖。世界が不況で大変なのにこんな優雅な職員旅行をしていていいのか、とも少し思いますが、一応セミナーなども盛り込まれて「仕事兼」の様相を(辛うじて)呈しているのと、今学期クラスをふたつ教えているため、普段のランチに参加できず、今学部でいったい何が起こっているのか、情報がなかなか入ってこないので、アップデートの意味も込めて参加してきました。学部の職員は、教授陣だけでなく博士課程の学生や事務の人も含めて、基本的に全員参加です。しかし、もちろんウチは同じ職場で共働きのため二人一緒に参加するわけにはいきません。誰かが子供の面倒をみなければいけません。夫の両親も仕事があるので、任せていくわけにもいきません。去年の職員旅行は私が参加してアイスランドに行ってきたのですが、今回はなにしろイタリア。是非行きたい!でも、これはさすがに交渉が必要か、と思っていたら、夫はあっさり「君行ってきていいよ」とのことなので、好意は素直に受け取ることにして、いざイタリアへ!
朝6時のフライトだったので、朝は3時半起き。眠い目をこすりながら5時前に空港に到着してびっくりしたのは、2週間前に女の子を出産したばかりの同僚(博士課程の学生ですが)の姿が!彼女はイタリア旅行をとても楽しみにしていながら、出産と重なる時期のため、泣く泣く参加を諦めた、と思っていたのですが、なんと強行参加のようです。ベビービョルンに赤ちゃんを収めて、もちろんノルウェー仕様のベビーカーも持参です。
日本では授乳は人から見えないところでするのがエチケットのようですが、ノルウェーでは街中だろうと、どこだろうと授乳OKです。また、日本だと、外で授乳する場合、布のようなもので赤ちゃんごと胸全体を覆って行うのを何度も見かけましたが、ノルウェーではそもそも「隠す」という感覚があまりないようです。だからといっておおっぴらに胸を出して授乳するわけではありませんが、みんな上手にさりげなく授乳していて、ちょっと見たくらいでは授乳しているとは分かりません。同僚の彼女は、これでもう三人目の子供。授乳も手馴れたもので、学部のみんなとレストランでディナーなど食べているテーブルで、「あら、この子お腹すいてるみたい」と、さらっと授乳。
朝6時のフライトだったので、朝は3時半起き。眠い目をこすりながら5時前に空港に到着してびっくりしたのは、2週間前に女の子を出産したばかりの同僚(博士課程の学生ですが)の姿が!彼女はイタリア旅行をとても楽しみにしていながら、出産と重なる時期のため、泣く泣く参加を諦めた、と思っていたのですが、なんと強行参加のようです。ベビービョルンに赤ちゃんを収めて、もちろんノルウェー仕様のベビーカーも持参です。
| コモ湖のクルーズもベビーカーで乗り込みます。 手前に見えるのがノルウェー仕様のベビーカー。 |
日本では授乳は人から見えないところでするのがエチケットのようですが、ノルウェーでは街中だろうと、どこだろうと授乳OKです。また、日本だと、外で授乳する場合、布のようなもので赤ちゃんごと胸全体を覆って行うのを何度も見かけましたが、ノルウェーではそもそも「隠す」という感覚があまりないようです。だからといっておおっぴらに胸を出して授乳するわけではありませんが、みんな上手にさりげなく授乳していて、ちょっと見たくらいでは授乳しているとは分かりません。同僚の彼女は、これでもう三人目の子供。授乳も手馴れたもので、学部のみんなとレストランでディナーなど食べているテーブルで、「あら、この子お腹すいてるみたい」と、さらっと授乳。
2012/09/22
食器洗浄機 対 メイド
先日プラハの学会で、久しぶりに元同僚のノルウェー人男性に会いました。彼は私たちがスタヴァンゲルに引っ越した時はまだ同じ大学で働いていたのですが、3年ほど前に南米、ペルーの大学に移ったのです。彼の奥さんはペルー人で、彼らは当時2歳の息子さんともどもスタヴァンゲルで暮らしていたのですが、どうやら奥さんがノルウェーでの生活に耐えられなくなったようです。それで、奥さんの実家の近くの大学に職を見つけてそちらに移ったのです。
私は奥さんに直接会ったことがないので、詳しい事情はよくわからないのですが、その同僚はスタヴァンゲル出身。地元嗜好が強いスタヴァンゲル人の彼が遠い南米に移るほどとは、それなりに切迫した状態であったのではないかと想像します。周りの人から色々事情をきくと、奥さんがスタヴァンゲル、ひいてはノルウェーに馴染めなかった理由のひとつは、メイドやナニーが雇えなかったことにもあったようです。どうやら南米ではメイドやナニーを雇うのはわりと一般的であるようで、専業主婦であっても外で働いていても、家庭における女性の役割のひとつは、それらの使用人のマネージメントであるようです。そのような環境で育った彼女は、掃除も洗濯も食事の支度も子供の世話も自分ひとりでしなければならない生活(旦那さんはフルタイムで働いているので、それらは一応は専業主婦であった奥さんの担当であったようです)に馴染めなかったようです。
そういえば、私のママ友でメキシコ人の女性は両親ともにお医者さんだったそうですが、家には何人も使用人がたそうです。彼女は娘さんがふたりいるのですが、ふたりともメキシコで生みました。私は勝手な想像でノルウェーの方が病院などの環境がいいのではないかと想像していたので、彼女がメキシコに戻って出産するときいてびっくりしたのですが、理由のひとつには、メキシコに戻ればお母様がいるのに加えて、当然ナニーも雇うわけで、そうした全面的なバックアップがあることもあって、少なくともはじめの数ヶ月はメキシコに滞在していたようです。彼女はメキシコに戻って暮らすことは考えていないようですが、家事はノルウェー人の旦那さんのほうがメインな感じです。
私は奥さんに直接会ったことがないので、詳しい事情はよくわからないのですが、その同僚はスタヴァンゲル出身。地元嗜好が強いスタヴァンゲル人の彼が遠い南米に移るほどとは、それなりに切迫した状態であったのではないかと想像します。周りの人から色々事情をきくと、奥さんがスタヴァンゲル、ひいてはノルウェーに馴染めなかった理由のひとつは、メイドやナニーが雇えなかったことにもあったようです。どうやら南米ではメイドやナニーを雇うのはわりと一般的であるようで、専業主婦であっても外で働いていても、家庭における女性の役割のひとつは、それらの使用人のマネージメントであるようです。そのような環境で育った彼女は、掃除も洗濯も食事の支度も子供の世話も自分ひとりでしなければならない生活(旦那さんはフルタイムで働いているので、それらは一応は専業主婦であった奥さんの担当であったようです)に馴染めなかったようです。
そういえば、私のママ友でメキシコ人の女性は両親ともにお医者さんだったそうですが、家には何人も使用人がたそうです。彼女は娘さんがふたりいるのですが、ふたりともメキシコで生みました。私は勝手な想像でノルウェーの方が病院などの環境がいいのではないかと想像していたので、彼女がメキシコに戻って出産するときいてびっくりしたのですが、理由のひとつには、メキシコに戻ればお母様がいるのに加えて、当然ナニーも雇うわけで、そうした全面的なバックアップがあることもあって、少なくともはじめの数ヶ月はメキシコに滞在していたようです。彼女はメキシコに戻って暮らすことは考えていないようですが、家事はノルウェー人の旦那さんのほうがメインな感じです。
2012/04/11
女性の生き方
今日本から修士の学生さんがフィールドワークに来ています。彼女は、私が去年日本でノルウェーに関するセミナーをしたときに来てくださったときにお会いして、ノルウェーでフィールドワークをしたいということで、そのお手伝いをする約束をしたのです。彼女は日本とノルウェーの女性の生き方、もっといえば、女性の様々なライスステージでの就業の選択と、社会保障システムの関連に興味があり、私の働くスタヴァンゲル大学の学生を対象にアンケートを取りたいとのことでした。
たしかに、ノルウェーの女性は、「家庭か仕事か」「子供かキャリアか」みたいな選択を迫られる必要がありません。「家庭も仕事も」というのが普通だからです。比較的短い労働時間、認められている病欠の権利(子供や家族が病気のときももちろん使えます)、消化するのが当然の有給休暇、そしてもちろん、充実した産休・育休のシステム。また、父親も育休を取らなければならない「パパ・クオータ」のシステムで(「ノルウェーの産休・育休」参照)育休中の男女格差も是正する努力がなされています。職場での男女差別はタブー、それどころか、様々な女性優遇の制度もあります。
また、ノルウェーでは、女性も働くのが当たり前、という社会通念があります。ノルウェーでも昔は男性が外で働き、女性が家と子供の世話、という図式がありましたが、それは今はオールドファッションであると思われています。もちろん、今でも専業主婦という人たちはいますが、どうやらいくつかのパターンに分かれるようです。ひとつのパターンは、夫が社会的地位が高く、高所得であるが、その分仕事の拘束時間が長いので、奥さんが家庭を担当する、というケース。もうひとつは、どちらかというと低学歴、低収入であり、よりコンサバティブな夫婦である場合、昔どおりの、男は外、女は内、という図式を維持しているタイプ。あとは、奥さんが移民で、なかなか思うような仕事がみつからない、というケースもあるようです。もちろん、全部の専業主婦がそのパターンに当てはまるわけではありませんが、「専業主婦」というのは、ノルウェーではある意味正当化するのが必要な肩書きであるようです。ノルウェーでは、結婚していても、子供がいても働くのが当たり前なので、「専業主婦です」と言うと、「なんで?」という質問が返ってくるからです。
たしかに、ノルウェーの女性は、「家庭か仕事か」「子供かキャリアか」みたいな選択を迫られる必要がありません。「家庭も仕事も」というのが普通だからです。比較的短い労働時間、認められている病欠の権利(子供や家族が病気のときももちろん使えます)、消化するのが当然の有給休暇、そしてもちろん、充実した産休・育休のシステム。また、父親も育休を取らなければならない「パパ・クオータ」のシステムで(「ノルウェーの産休・育休」参照)育休中の男女格差も是正する努力がなされています。職場での男女差別はタブー、それどころか、様々な女性優遇の制度もあります。
また、ノルウェーでは、女性も働くのが当たり前、という社会通念があります。ノルウェーでも昔は男性が外で働き、女性が家と子供の世話、という図式がありましたが、それは今はオールドファッションであると思われています。もちろん、今でも専業主婦という人たちはいますが、どうやらいくつかのパターンに分かれるようです。ひとつのパターンは、夫が社会的地位が高く、高所得であるが、その分仕事の拘束時間が長いので、奥さんが家庭を担当する、というケース。もうひとつは、どちらかというと低学歴、低収入であり、よりコンサバティブな夫婦である場合、昔どおりの、男は外、女は内、という図式を維持しているタイプ。あとは、奥さんが移民で、なかなか思うような仕事がみつからない、というケースもあるようです。もちろん、全部の専業主婦がそのパターンに当てはまるわけではありませんが、「専業主婦」というのは、ノルウェーではある意味正当化するのが必要な肩書きであるようです。ノルウェーでは、結婚していても、子供がいても働くのが当たり前なので、「専業主婦です」と言うと、「なんで?」という質問が返ってくるからです。
2012/03/08
子供の生命
ちょっと(かなり?)暗い話題かもしれませんので、朝読んでる方は夜まで待った方がいいかもしれません。
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先日、お葬式に行ってきました。亡くなったのは、夫のいとこ夫婦の赤ちゃん。
妊娠初期の時点で、赤ちゃんの心臓にかなり深刻な問題があることが分かっていました。それでも彼らはその赤ちゃんを産むことに決めたのです。赤ちゃんが生まれたら、すぐに集中治療室に入れられるように、いとこ夫婦はオスロの病院に入っていましたが、予定日より一ヶ月以上早く生まれて来てしまい、もともと心臓に欠陥があるのに加えて未熟児。生まれて間もないのに、何度も大きな手術を受けていました。体にたくさんのチューブを着けられてガラスの箱のなかに横たわる赤ちゃんの姿は写真で見るのも痛ましいものでした。この、直接会ったことのない赤ちゃんは、しかし、一ヶ月ほどで、その短い生涯を終えたのでした。
平日のお昼から行われたお葬式に50人ほどの人が集まり、その赤ちゃんにお別れを言ったわけですが、皆さすがに暗い表情です。目頭にハンカチを当てる人もたくさんいます。赤ちゃんの両親とおばあさん(夫のおばさん)も、泣き叫んだりしないでじっと悲しみに耐えている感じが痛々しいです。子供の死というのは、こんなにも人々を暗い、いたたまれない気持ちにさせるのだと実感します。
お葬式に出る前、職場で「今日これからお葬式に行くの。」と同僚に言うと、もちろん「誰の?」とききます。私は正直に「ゴーム(夫)のいとこの赤ちゃんが亡くなったの」と伝えると、それが知らない子でも、みんな、かなりいたたまれない気持ちになるようです。子供のいる人はなおさらです。
赤ちゃんはオスロで生まれてオスロで亡くなったので、お葬式に集まった人たちも、ほとんどがその赤ちゃんに会ったこともないはずです。それでも、小さい棺おけや、その中に横たわる赤ちゃんのことを思うと、とても悲しい気持ちになります。
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先日、お葬式に行ってきました。亡くなったのは、夫のいとこ夫婦の赤ちゃん。
妊娠初期の時点で、赤ちゃんの心臓にかなり深刻な問題があることが分かっていました。それでも彼らはその赤ちゃんを産むことに決めたのです。赤ちゃんが生まれたら、すぐに集中治療室に入れられるように、いとこ夫婦はオスロの病院に入っていましたが、予定日より一ヶ月以上早く生まれて来てしまい、もともと心臓に欠陥があるのに加えて未熟児。生まれて間もないのに、何度も大きな手術を受けていました。体にたくさんのチューブを着けられてガラスの箱のなかに横たわる赤ちゃんの姿は写真で見るのも痛ましいものでした。この、直接会ったことのない赤ちゃんは、しかし、一ヶ月ほどで、その短い生涯を終えたのでした。
平日のお昼から行われたお葬式に50人ほどの人が集まり、その赤ちゃんにお別れを言ったわけですが、皆さすがに暗い表情です。目頭にハンカチを当てる人もたくさんいます。赤ちゃんの両親とおばあさん(夫のおばさん)も、泣き叫んだりしないでじっと悲しみに耐えている感じが痛々しいです。子供の死というのは、こんなにも人々を暗い、いたたまれない気持ちにさせるのだと実感します。
お葬式に出る前、職場で「今日これからお葬式に行くの。」と同僚に言うと、もちろん「誰の?」とききます。私は正直に「ゴーム(夫)のいとこの赤ちゃんが亡くなったの」と伝えると、それが知らない子でも、みんな、かなりいたたまれない気持ちになるようです。子供のいる人はなおさらです。
赤ちゃんはオスロで生まれてオスロで亡くなったので、お葬式に集まった人たちも、ほとんどがその赤ちゃんに会ったこともないはずです。それでも、小さい棺おけや、その中に横たわる赤ちゃんのことを思うと、とても悲しい気持ちになります。
2012/02/26
「安い」という選択肢
先日ノルウェーの物価が高い話をしまして(「ノルウェーやっぱり物価高い!」参照)、ノルウェーはとにかくなんでも高く、特に「安い」という選択肢がないのがツライ、というオブザベーションでした。しかし、私たちは「安い」ということに対してもう少し注意深くなってもよいのでは、と私は日々思っています。安いものを見たときに「安い!ラッキー」と思うところを、一歩下がって、「本当に安いのか」考えてみるのです。
私は去年の夏に日本に帰ったとき、スーパーで食品があまりに安くて驚いてしまいました。お豆腐や油揚げ、納豆などの大豆製品は1個100円以下。しめじ1パック100円(これは小千谷だったからですか?!)。「やっぱり日本はいいな~」と思った反面、私は少し心配になりました。こんな値段で採算がとれるのだろうか、と。
この値段の安さが、例えば新しいテクノロジーにより、今までよりも効率よく梱包ができるようになったから、などイノベーションが理由で値段が下がるのならいいのですが、しかしこれが、例えば工場で働いている人たちが残業代ナシで長時間労働した結果だったとしたら。例えば中国などから安いけれど安全性がいまいち怪しげな原材料を買ってきて作っているのだとしたら。例えば、派遣の人を沢山雇って人件費を削減してコストを抑えているのだとしたら。例えば農家の人が、これではもうやっていけない、と離農してしまったら。
社会に溢れるのは、長い時間休みなく働いて疲れ果てた人たち。働いても働いても生活が豊かにならない最低賃金で働く人たち。お金は稼げてもそれを使って人生を楽しむ時間のない人たち。安全な食べ物を食べてこなかったために、健康を害する人たち。契約を切られたら困るから、と悪条件の労働に文句を言えない派遣の人たち。農業するだけでは食べていけない農家。そして、そういう大人たちを見ながら育ってゆく子供達。たしかに納豆1パックの値段は安く収まるかもしれませんが、わたしたちはその他のところで安い納豆のツケを払っているのではないでしょうか。
私は去年の夏に日本に帰ったとき、スーパーで食品があまりに安くて驚いてしまいました。お豆腐や油揚げ、納豆などの大豆製品は1個100円以下。しめじ1パック100円(これは小千谷だったからですか?!)。「やっぱり日本はいいな~」と思った反面、私は少し心配になりました。こんな値段で採算がとれるのだろうか、と。
この値段の安さが、例えば新しいテクノロジーにより、今までよりも効率よく梱包ができるようになったから、などイノベーションが理由で値段が下がるのならいいのですが、しかしこれが、例えば工場で働いている人たちが残業代ナシで長時間労働した結果だったとしたら。例えば中国などから安いけれど安全性がいまいち怪しげな原材料を買ってきて作っているのだとしたら。例えば、派遣の人を沢山雇って人件費を削減してコストを抑えているのだとしたら。例えば農家の人が、これではもうやっていけない、と離農してしまったら。
社会に溢れるのは、長い時間休みなく働いて疲れ果てた人たち。働いても働いても生活が豊かにならない最低賃金で働く人たち。お金は稼げてもそれを使って人生を楽しむ時間のない人たち。安全な食べ物を食べてこなかったために、健康を害する人たち。契約を切られたら困るから、と悪条件の労働に文句を言えない派遣の人たち。農業するだけでは食べていけない農家。そして、そういう大人たちを見ながら育ってゆく子供達。たしかに納豆1パックの値段は安く収まるかもしれませんが、わたしたちはその他のところで安い納豆のツケを払っているのではないでしょうか。
2012/02/23
ノルウェーやっぱり物価高い!
先日フェイスブック経由で知人が送ってくれたランキングによると、世界で一番物価高の都市は、スタヴァンゲル、ノルウェー!だそうです。2位にトロンハイム、3位オスロとノルウェーの都市が続きます。ちなみに東京は12位、大阪は13位でした。
興味のある方、ウェブサイトのリンクはこちらです(英語)。
このランキングはニューヨークを100としています。CPI (コンスーマープライスインデックス)で比べると、スタヴァンゲルは187.33、東京は137.19でした。つまり、スタヴァンゲルはニューヨークに比べて物価が87パーセント高い!例えばニューヨークで1000円で買える物が、スタヴァンゲルでは1873円する計算です。東京では1372円です。外食に至っては、スタヴァンゲル220!ニューヨークで外食するのに比べて倍以上!(ちなにみ、東京はニューヨークよりちょっと安くて90でした)これは、スタヴァンゲルでは何でもアメリカの倍くらいする、という私の感覚とも一致します。
私が感じる日本との大きな違いは、日本では、高いものを探せば、スタヴァンゲルで見つけられる物よりずっと高いものが沢山あります。けれど、安いものを探せばそれも沢山あります。ランチを例にとっても、安く済ませようと思えば、いくらでも安いものが探せるのが日本です。コンビニでおにぎりとお茶を買えば250円とかでしょうか。これがノルウェーだと、安い選択肢がありません。マクドナルドのなんとかセットだって、1200円から1500円くらいしますし、コンビニに行ってもサンドイッチひとつ600円から1000円くらい、そこに飲み物をつければそれだけでプラス400円です。ファーストフードの代表のホットドッグですら、700円くらい。つまり、一番安い選択肢でも700円くらいしてしまう、という状態です。
興味のある方、ウェブサイトのリンクはこちらです(英語)。
このランキングはニューヨークを100としています。CPI (コンスーマープライスインデックス)で比べると、スタヴァンゲルは187.33、東京は137.19でした。つまり、スタヴァンゲルはニューヨークに比べて物価が87パーセント高い!例えばニューヨークで1000円で買える物が、スタヴァンゲルでは1873円する計算です。東京では1372円です。外食に至っては、スタヴァンゲル220!ニューヨークで外食するのに比べて倍以上!(ちなにみ、東京はニューヨークよりちょっと安くて90でした)これは、スタヴァンゲルでは何でもアメリカの倍くらいする、という私の感覚とも一致します。
私が感じる日本との大きな違いは、日本では、高いものを探せば、スタヴァンゲルで見つけられる物よりずっと高いものが沢山あります。けれど、安いものを探せばそれも沢山あります。ランチを例にとっても、安く済ませようと思えば、いくらでも安いものが探せるのが日本です。コンビニでおにぎりとお茶を買えば250円とかでしょうか。これがノルウェーだと、安い選択肢がありません。マクドナルドのなんとかセットだって、1200円から1500円くらいしますし、コンビニに行ってもサンドイッチひとつ600円から1000円くらい、そこに飲み物をつければそれだけでプラス400円です。ファーストフードの代表のホットドッグですら、700円くらい。つまり、一番安い選択肢でも700円くらいしてしまう、という状態です。
2012/02/21
便利さの表と裏
先日ノルウェーの選択肢の無さについて触れましたが、それと関連して思うのは、ノルウェーがすごく不便である、ということです。特に日本やアメリカなど、いつでもどこでも、という生活に慣れていると、ノルウェーは想像を絶する不便さです。
毎週土曜日、私は必ずスーパーに買いだめに行きます。なぜなら、日曜日はお店が開いていないからです。なので、少なくとも土曜日、日曜日、そして月曜日の朝ごはんとお弁当用の食べ物を買ってこないといけません。それでも、スーパーは夜9時とかまで開いているので、少し遅くなってもまだ大丈夫です。しかし、薬局は3時には閉まってしまいます。なので、例えばコンタクトレンズの洗浄液が切れたりすると、本当に困ります。24時間営業のドラッグストアなんてものはありませんし、コンタクトレンズの洗浄液とか子供の風邪薬とか、スーパーには売っていないので、土曜日の4時ごろに「あっ!」と思っても遅いのです。お店がはやく閉まってしまうのは平日も一緒で、普通のお店はだいたい5時に閉まってしまいます。
毎週土曜日、私は必ずスーパーに買いだめに行きます。なぜなら、日曜日はお店が開いていないからです。なので、少なくとも土曜日、日曜日、そして月曜日の朝ごはんとお弁当用の食べ物を買ってこないといけません。それでも、スーパーは夜9時とかまで開いているので、少し遅くなってもまだ大丈夫です。しかし、薬局は3時には閉まってしまいます。なので、例えばコンタクトレンズの洗浄液が切れたりすると、本当に困ります。24時間営業のドラッグストアなんてものはありませんし、コンタクトレンズの洗浄液とか子供の風邪薬とか、スーパーには売っていないので、土曜日の4時ごろに「あっ!」と思っても遅いのです。お店がはやく閉まってしまうのは平日も一緒で、普通のお店はだいたい5時に閉まってしまいます。
2012/02/14
選択の自由
私たちは、選択の自由があるのはよい事だと教えられてきました。そして、選択肢は沢山あった方がよいと。日本もアメリカも、選択の自由は沢山あります。スーパーマーケットでも、デパートでも、ブティックでも、スペクトルムの端から端まで、あらゆる嗜好にマッチした商品が並べられています。消費者はその中から自分の一番好きなもの、自分の趣味や嗜好に一番フィットする物を選んで購入することができます。何につけても、日本やアメリカは選択肢が沢山あります。
ノルウェーに来てびっくりしたのは、選択肢の数がやけに少ないことです。例えば、牛乳のメーカーは二つしかありません。それでも、普通の牛乳、低脂肪乳、スキムミルク、など最低限の種類はありますが、日本だったらさらにいろいろなパッケージやら、味やら、子供用のやら、豆乳やら、もっともっと沢山の種類の品物が棚にならんでいるでしょう。例えば、学校のカフェテリア。サンドイッチとスープとサラダバーくらいしかありません。例えば、学校。地域によっては私立の学校などないので、基本的に公立のみです。自分の住む地区の公立の学校に行くのが当たり前で、その他の選択肢はあまりありません。大学の数だって少ないので、留学でもしない限り、あまり選択の余地はありません。ノルウェーは何においても選択肢が少ないのです。
ノルウェーに来てびっくりしたのは、選択肢の数がやけに少ないことです。例えば、牛乳のメーカーは二つしかありません。それでも、普通の牛乳、低脂肪乳、スキムミルク、など最低限の種類はありますが、日本だったらさらにいろいろなパッケージやら、味やら、子供用のやら、豆乳やら、もっともっと沢山の種類の品物が棚にならんでいるでしょう。例えば、学校のカフェテリア。サンドイッチとスープとサラダバーくらいしかありません。例えば、学校。地域によっては私立の学校などないので、基本的に公立のみです。自分の住む地区の公立の学校に行くのが当たり前で、その他の選択肢はあまりありません。大学の数だって少ないので、留学でもしない限り、あまり選択の余地はありません。ノルウェーは何においても選択肢が少ないのです。
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